立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という有名な慣用句、都都逸があります。これは美しい人の立ち振る舞いは座っても立っても歩いてもよいものだということを現しているのだと思っていました。ところが、漢方薬(生薬)の効能を表したものという説もあることを知りました。
漢方薬の効能という説によると、「立てば芍薬」の「立てば」は女性のイライラした状態で、気が立っていることを表し、それには芍薬が良いということなのです。生薬の芍薬はシャクヤクの花の根を乾燥したもので、筋肉のこわばりを緩めたり、痛みを緩和したりします。つまり、芍薬はイライラして筋肉がこわばったのを緩和するということでしょうか。
「座れば牡丹」は座っている時間が長いと、血液循環が悪くなり、漢方でいう「お血」という状態になってしまいます。その状態の改善には牡丹がよいということです。「牡丹」と言っていますが、生薬では「牡丹皮(ボタンピ)」といい、ボタンの根を乾燥させたものを使います。血液の滞り(お血)を改善し、血液循環を良くする生薬で、なるほどです。
「歩く姿は百合」は咲いている百合が風に揺れてフラフラしている様から、精神状態が不安定を意味し、それには百合が良いという意味のようです。生薬では「百合」を「ユリ」とは読まず、「ビャクゴウ」と読みます。これはユリの球根(鱗茎)を乾燥したもので、利尿、鎮咳、鎮静の作用が知られていますが、ここでは鎮静作用に百合が効くということだと思われます。
ただ、この漢方薬の効能を表したものという説は、多少疑っています。というのも、生薬の作用について牡丹は納得できるのですが、それ以外はどうも?だからです。芍薬はイライラを緩和するというより、筋肉のこわばりを緩めるのが大事な作用で、鎮静作用はあまり強調されません。また、百合はいろいろある漢方薬の中で、あまり使われない生薬です。保険適応のエキス剤の中で百合が入っている漢方薬は1つだけです。しかも、保険適応となっている百合の作用は、潤す作用と鎮咳作用でで、鎮静作用ではありません。それよりも婦人科関係の生薬としては、立派な花は咲きませんが「当帰」や「桃仁」などのほうが重要です。やはり、女性の美しい立ち振る舞いを表したという説の方が、納得できる気がします。
まあ、こんなことどうでもよいことかもしれません。たしかに、漢方薬の作用を覚えられますね。










