たまには症例を
たまには実際の症例の話をしましょう。今までで強く印象に残ったものの1つです。
北里の東洋医学研究所で診療をしていたときの話です。患者さんは50歳前後の男性で、直腸癌でしたが、この当時はまだ患者さんに癌とは告知しないのが普通で、本人は直腸癌とは知りませんでした。患者として診ていたお兄様からの紹介で、「弟が大学病院で癌といわれたので診て欲しい」といわれ、来院されたのです。
大学病院で診てもらった結果は、腹壁にまで広がった直腸癌で、stageⅣでした。この当時の直腸癌stageⅣの5年生存率は忘れてしまいましたが、現在でも18%程度で、10年生存率は数%と、厳しいものでした。しかし、手術予定ということなので、切除可能なようでした。これなら免疫力を高めて再発などを防げれば、可能性は低いですが、治癒するかもしれないと思われました。そこで、免疫力を高め、手術に対する体力をつけるという方針で、体質を考慮し、十全大補湯の煎じ薬を投薬しました。手術が終わってからも、抗癌剤や放射線療法の副作用の緩和、免疫力を高め癌の再発抑制のために漢方薬を続けて飲んでもらいました。経過は順調で、退院後も状態に合わせて漢方処方を変えながら、内服してもらいました。仕事に復帰して普通の生活に戻って、1年、2年とたちましたが、再発はなく、5年過ぎたところで、直腸癌であったことが本人に告げられました。本人は驚いたようですが、こちらはもっと驚いていました。あの状態で癌がほぼ治癒し、普通の生活をしているのですから。後で聞いたことですが、抗癌剤の投薬を受けていたのですが、飲むと調子悪くなるので(当然ですが)、ほとんど飲んでいなかった聞いて、、さらにびっくりしました(蛇足ですが、同様な状況でもまねはしないでください)。その後、私が北里を辞め、開業をしてからも、私のところに、漢方薬を飲んでいると調子よいからといって、通院されました。術後10年も問題なく過ぎ、70歳を越えてから、今までの無理がたたったのか、残念なことに、心不全で亡くなられました。
この方の場合、科学的に漢方薬が効いたという証拠は何もないのですが、私は大学病院の治療とともに、漢方薬が効いて癌が治ったと思っています。あの状態の癌が治癒したのと、患者さんが印象的な方だったので強く記憶に残っています。