今回は附子(ブシ)という生薬のお話です。附子はトリカブトという植物の根から取れます。「えーーー!!」と、トリカブトをご存知の方は、驚かれるかもしれません。というのも、トリカブトは猛毒で有名な植物で、少し前、殺人事件で使われたりしたのですから。昔の毒薬というと、トリカブトといってもよく、世界中で使われていた有名な毒をもった植物です。これを漢方では薬として使っているのです。
 古代ローマのプルニウスが著した『博物誌』に毒としてトリカブトは記載されており、「豹殺し」の別名があります。また面白いことに、トリカブトの毒はサソリの毒と打ち消しあうということも書かれています。まさに「毒をもって毒を制す」です。『博物誌』はAD.1C頃の本ですが、東洋ではこれよりも少し早い時期に同じようなことがわかっています。BC.239年に著された『呂氏春秋』です。秦の国の呂不韋が編集した本で、内容の誤りを一字でも正すことができたならば、千金を与えると豪語されたことで有名な本です。これにもなんと、トリカブトの毒はサソリの毒といっしょにすると毒が消えるという記載があるのです。東西交通もなかった頃なので、それぞれ独自の世界でこのことを発見したと思われますが、発見したことも、内容が一致していることにも驚きを感じます。
 毒が打ち消しあうという記載は、別々に発見されていることからも信憑性の高いことと思もわれます(昔の本には誤りがしばしばあります)。東西交通によってではなく、独自に発見したというのは、トリカブトについての記載の違いからも予想されます。西洋ではトリカブトは毒としてしか記載はなく、医療用の使用は否定されていますが、中国では毒の記載もありますが、ご存知のように薬(附子)の記載もあるのです。トリカブトは熱を加えると毒性が弱まり、薬、附子として使用できるのです。附子は身体を温め、関節痛や知覚麻痺、手足の冷えなどを治すきわめて重要な薬ですが、このことに気がついた古代東洋人の知恵に感心してしまいます。偶然わかったことなのでしょうが、どうして猛毒を薬として使うようになったのか知りたいところです。漢方がさまざまな病気に対応し、治療が可能で、現在でも十分通用するのは、猛毒でも治療薬に使用してしまう知恵に秘密がある気がします。

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